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史上最大のTARO展!「展覧会 岡本太郎」大阪中之島美術館

さぁちゅんです~。

土曜日に大阪中之島美術館で開催されている「展覧会 岡本太郎」に行ってきました。

オトーサンが岡本太郎の大ファンなのでそのお供です。



大阪中之島美術館は2022年2月に開館したばかりのおしゃれスポットでした。

中之島ダイビルの真向かいにあります。



「展覧会 岡本太郎」では、最初期から晩年までの代表作・重要作など、約300点が集結されています。

没後最大スケールであり、大阪では意外にも初となる大回顧展です。



入口で太陽の塔が身を乗り出してお出迎えしてくれています。

か、かわいい・・・・。

なんと!場内はすべて撮影OKとなっておりました。

フラッシュ撮影、自撮りは禁止です。

ちょっと撮影してきましたので、展覧会の様子を紹介していきましょう。

1911年、マンガ家の岡本一平と歌人・小説家の岡本かの子の間に生まれた岡本太郎は、19歳で両親とともにフランスパリに渡りました。

その後ひとりパリに留まり、当時の最新の前衛運動や思想に触れながら約10年間をパリで過ごしました。

その間にパリ大学(ソルボンヌ大学)に入学し、卒業しています。



会場風景、《傷ましき腕》1936年、川崎市岡本太郎美術館 1949年再制作



《露店》1937年ソロモン・R・グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)1949年再制作

岡本太郎が芸術家としての基盤を作った1930年代のパリ滞在期の作品は、第二次世界大戦中の東京の空襲ですべて焼失しました。

そのため当時の作品は、1937年にパリで発刊された初めての画集『OKAMOTO』(G.L.M.社)に掲載のモノクロの図版と、戦後に再制作した4点しかないとのことです。

《露店》は、1983年に本人によりグッゲンハイム美術館に寄贈されて以来、約40年の時を経て初めて里帰りしています。



会場風景、右から《作品A》《作品B》《作品C》いずれも1931-33?、ユベール・ル ガールコレクション

パリ時代の若き日の作品は、すべて戦火で失われてしまいましたが、今年、なんと本人が描いた可能性が極めて高い3点の抽象画が残っていたことが判明し、世界初公開されていました。



会場風景、《師団長の肖像》1942年岡本太郎記念館

ドイツのパリ侵攻をきっかけに日本へ帰国したのち、岡本太郎は30歳を過ぎて超高齢で招集されて、4年もの間、中国で厳しい兵役生活を送りました。

上官の命令で師団長の肖像画を描いています。



会場風景、《森の掟》1950年 川崎市岡本太郎美術館

弱肉強食を表しています。



会場風景、《コンポジション》1951年府中美術館

ほんの遊び心ですが、私は美術展を見に行ったときに、いつも一番欲しい絵を決めることにしているのですが、この絵がすごく気に入ってしまいました。



会場風景、《駄々っ子》1951年川崎市岡本太郎美術館



岡本太郎さんの等身大人形がありました。

とても小柄な方でした。



会場風景、《燃える人》1955年、東京国立近代美術館

1954年のビキニ環礁の水爆実験で第五福竜丸が被爆した事件をもとに描かれた。



会場風景。



会場風景、《梵鐘・歓喜》1965年川崎市岡本太郎美術館

この鐘をガンガンと激しくたたきながら、「芸術は爆発だ!」と言うテレビのCMがありました。



会場風景、《光る彫刻》(1967、川崎市岡本太郎美術館)

宇宙空間で生命が生まれる瞬間を表した彫刻兼照明器具です。



会場風景、≪黒い生きもの≫1961年川崎市岡本太郎美術館

「カラス」なのだそうです。

岡本太郎は、自宅兼アトリエでカラスを飼っていて、「ガァ公」と名付けて、一緒に散歩をしたり、自らの手でご飯を食べさせたりして、可愛がっていました。

「ガァ公」の、人に慣れてはいるものの、人に媚びない毅然としたところに魅力を感じていたそうです。 

太陽の塔のモデルも「カラス」なのですって。



会場風景、《愛撫》1964年 川崎市岡本太郎美術館蔵



会場風景



パブリックアートやプロダクトデザインまでを手がけ、大衆の中に自身の芸術を広めていきました。

鯉のぼりやアロハシャツ、家具や茶器などがショーケースのように並んでいました。



岡本太郎がデザインした近鉄バファローズのロゴマーク。



会場風景、《太陽の塔》1970年 

万博記念公園大阪万博のテーマ館として建てられた。

高さは70m。

本展では1/50の作品を展示。

「人類の進歩と調和」を掲げた1970年の大阪万博の「テーマ館」のプロデュースを依頼された太郎は、人間にとっての真の「進歩と調和」は、科学技術の推進に限るものでも、同調や馴れ合いによるものでもないとし、敢えてテーマとは真逆の価値観ともいえる、人間の太古からの根源的なエネルギーを象徴させた《太陽の塔》を制作しました。

 「太陽は人間生命の根源だ。
  惜しみなく光と熱をふりそそぐこの神聖な核。
  われわれは猛烈な祭りによって太陽と交歓し、
  その燃えるエネルギーにこたえる。」
     《太陽の塔》銘板より



会場風景、《太陽の塔》内部の《生命の樹全景模型》 



会場風景



会場風景、《明日の神話》1968年 川崎市岡本太郎美術館

メキシコのホテルの為に制作された幅30mの巨大な壁画。

長らく所在が不明となっていたが2003年にボロボロのバラバラになっているところを発見され、修復され、2008年に渋谷駅に設置されました。

本展では幅約11mの下絵を展示。



会場風景。

晩年、絵画作品の発表はほとんどしなかったそうです。

しかし、没後アトリエには黒い目を強調した膨大な作品群が残されていました。

70歳を超えてもあふれ続ける芸術への情熱が、ひしひしと感じられますね。



会場風景、《午後の日》1997 川崎市岡本太郎美術館



会場風景、《動物》1954(その後加筆) 岡本太郎記念館

さらにこちらの絵画のように、過去に描かれた作品(右下)に上書きした作品(左)も多数あることが、近年わかってきました。



《雷人》1995年(未完) 岡本太郎記念館

作品をじっくりと見て回らせてもらいました。

岡本太郎の思想・生き様が込められた作品は、エネルギーにあふれ、パワーがみなぎるものばかりでした。



美術館1階に、NHKプラスで放送中の「TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇」に登場する「タローマン」と一緒に写真が撮れる撮影スポットもありました。

「展覧会 岡本太郎」
会期 ~2022年10月2日(日)
開館時間 10:00-18:00(入場は17:30まで)
休館日 月曜日(9月19日は除く)
会場 大阪中之島美術館


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